五百年以上の歴史とともに

古文書『江戸記聞』によれば當山は、文明元年(1469)江戸本所隅田川、厩橋の川岸に良圓僧正によって開創されたということです。 当時は浅草寺に属し、本所中之郷第六天の別当寺であり、境内には歌舞伎傳助所持の地蔵尊、本堂前には儒学者 海保漁村 の碑等があったということです。 その後、安政の大地震(1855)により崩壊し、数年後に再建されました。しかし、大正12年(1923)の関東大震災で再度火災により焼失しました。想像を絶する猛火のため、ご本尊、過去帳の一部を持ち出し、川に飛び込むのが精一杯という状況であり、寺歴等もその時消失し、詳細は定かではありません。 大正13年、當山第40世常明代に都市計画により、当時の北多摩郡多磨村(現在地)に移り、草庵を結び今日に至っております。 移転後、昭和35年、念願の本堂を再建し、その後、平成元年第41代常正代に雨漏りがひどくなった本堂屋根瓦を銅板葺きに改修し、平成2年、参道及び塀の改修、平成7年には築後70年を経て老朽化甚だしかった庫裡も、檀信徒皆様のご協力によりまして、客殿庫裡として落慶いたしました。

武蔵野の台地に四季折々の自然とともに佇む

当山は、大正12年に公園墓地として開設された都営多磨霊園(128万平米)の東側に隣接しています。
現在、本所時代のものとして現存するのは、類焼を免れた本尊、過去帳、境内に改葬された海保漁村(幕末の儒学者)のお墓があります。

本堂

本堂のご本尊

客殿庫裡