「屈指の大儒」として知られた海保漁村


寛政10年(1798)、医師の子として生まれた海保漁村は、若くして学者となる決心をし、儒学者・太田錦城に師事します。27歳で独立したのちは「掃葉軒(そうようけん)」という名の塾を開き、庶民にも分け隔てなく学問を教えました。その中には、渋沢栄一(日本初の銀行創立者)や、政治家の鳩山和夫(鳩山由紀夫氏の祖父)が名を連ねています。慶応2年(1866)に69歳で亡くなるまで庶民教育に尽力した生涯は高く評価され、「屈指の大儒」(優れた学者の意)として今日に伝えられています。
海保漁村のお墓は、当寺(当時は江戸本所の地)にあり、関東大震災後の大正13年に、寺と共に現在の地に移りました。
また、JR総武本線横芝駅から車で約10分の場所には生家跡の『海保漁村先生誕生之處』があります。